前シリーズから30年の歳月を経ての続編
パトレイバーが人気を博したのは今から30年ぐらい前になる。その間、3本の劇場作品や意味不明の実写版などの迷走を経て、王道であるアニメによる特車二課物語が復活ということになる。
流石に30年の時を経てそのまま元の設定を引き継いで新作というのはあまりに無理があるからか、登場人物を一新して劇中でもリアルと同程度の年月が経った現代社会となっている。もっともレイバーが実用化されて広く普及しているパラレルワールドではある。
キャラが総入替になっているから、さすがにメカまで入れ替わってしまうと前作との連続性がなくなると考えたのか、特車二課のレイバーは時代対応改造されたと思われる98式AVとなっている。
もっともこの98式が1998年式を意味することを考えると、Windows黎明期のPCを改造強化で今日にも使用しているようなものであり、いささか無理があると思わざるを得ない。作中でも「ポンコツ」と表現されているが、実際にはポンコツレベルでさえない(前シリーズでロートル扱いされていた第一小隊のパイソンでさえ、10年も経っていなかったはず)。
実写版の失敗を踏まえて、明らかにファン向けの配慮をしている
あまりに押井守の個人的趣味に走りすぎたうえに、何よりも前シリーズに対してのリスペクトが皆無(というか、新キャラの設定及び前キャラのその後の話などで、前シリーズを明らかにディスっていた)だったせいで旧ファン層を中心に酷評を受けた実写版(私もあまりに内容がつまらないから、1作だけで見るのをやめた)の反省からか、メンバーは総入替するもののそのまま前シリーズと違和感なくつながるようにと考えて制作されているのはよく分かる。
新キャラは今の時代に合わせてかなり丸めたところがあるが、一応は前キャラの印象をいくらか引き継ぐ形で設定しており、いわゆるオールドファンが不適合を起こしにくい設計にしている。特にヒロインが元気系の少女で、名前が十和(とわ)というのは、前作の野明(のあ)を意識しているのが明確である。
またストーリーも第1話がレイバー暴走&幼馴染の浪花節、第2話が二課内での妄想物語、第3話が暴走する映画監督に警備の第2小隊が振り回される話と、前テレビシリーズなどでも登場しそうな、どこかで見たことがあるようなテイストの内容が並んでいる。
なおこれは完全に余談になるが、第2話でイングラムがコクピットを排出して自らの意思でゼロに立ち向かうというシチュエーションにしたのなら、ここではやはり「くたばれブリキ野郎」に類するメッセージが欲しかったなどと妄想してしまうのであるが・・・。
令和に突っ込んだ昭和テイストが不整合を起こした面も
このように明らかに前シリーズファンに目配りした内容であるが、それが故に令和の世に昭和テイストを強引に持ってきたような不整合は各所にある。時代は現代設定であるが、レイバー以外の科学技術は基本昭和テイストで、現代を感じさせるのはドローンぐらい。一番顕著なのはAIが全く登場しないことである。
レイバーの技術開発が進めば、AIサポートシステムなどの導入が当然に考えられるのだが、その点では本作のレイバーはかなりアナログである。恐らく人間ドラマをメインに置くことを考えた時、AIは邪魔になるという発想だったのではと思われる。
もし私なら、サポートAIの「サポちゃん」を新キャラとして加え、指揮担当が「なんとかするんだ」とかいう適当な指示を飛ばした時には「そんな無茶苦茶な・・・。レイバーの関節部を狙うことをお勧めします。」とかの冷静に突っ込みを入れるキャラに設定したと思う。
また明らかに前シリーズファンに対するサービスとして、太田と進士のゲスト出演などもある。この二人の出演はストーリー的に必然性を持っていないので、明らかにファンサービス以上の意味はないと言える。そこでまた今回登場していない遊馬のその後についてセリフでフォローするなど、完全に前シリーズファンに目配りをしたものである。
閉じた内向きの世界に何となくもの悲しさを感じる
どうも作品全体から「昔は良かった」テイストがそこはかとなく漂っている。内容的にファン層の期待を裏切るものでないから、そこからの大きな不満は出ないことが考えられるが、今時の若い層を取り込むことはキッパリと諦めているとも見える。
実際に私が見に行った上映回では、40人以上はいるとみられた入場者の全てが私と同年代のオッサン、ジジイばかりであり、若者の姿は1人も見られなかった。ここに全てが現れていると思う。
過去に大ヒットした作品だけに潜在ファン人数は多いことから、営業戦略としてそれ自体は間違いではない。しかし正直なところ私としては、数十年ぶりに同窓会に参加したらかつての同級生たちが軒並みジジイ・ババア化していて、懐かしくも気恥ずかしく、何となくもの悲しさを感じてしまうというのに近い感覚を抱いてしまう。変わらない良さと、変わらないことの残念さを同時に感じるというかなり複雑な心境に至ったのである。
もっともこのように言いつつも、また次の同窓会が開催されたら私も何だかんだで出向いてしまうのだろう。明らかにそういう層にだけ特化した作品であると言える。