白鷺館アニメ棟

放送中のアニメ作品について、アニメファン歴50年以上という鷺が軽いツッコミを交えて与太話

魔女の旅々 第4話「民なき国の王女」

ダークな話につきまとう違和感

 うわー、とてつもないダークな話だな。この作品ってヒロインがやけに情に薄いと感じていたんだが、実のところはヒロインがどうこうというレベルではなく、作品自体がダークファンタジーだったってわけか。今から逆算すれば、むしろ第1話、2話のような話の方がこの作品の場合は異色だったようだ。だから第2話はあまりに「慣れていない」感が出てしっくりこなかったというわけか。

     
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 今回の話自体はいわゆる「身分違いの恋にありがちな悲劇」なんだが、登場人物が悉く人間としての情に欠けているせいで、その結末がとてつもないダークなものになっている。とてつもない違和感があるのは、王女と父王の間に肉親の情というものが微塵も存在しないこと。ヒロイン自身も他者への共感とか哀れみというものが極端に薄いのを感じるが、そういう「人間同士の異常にも感じる情の薄さ」ってのがこの作品世界自体の特徴というか、多分ここまでいくと作者自身の嗜好の反映なんだろうな。

 妙にほんわかした絵柄に欺されそうになるが、作品の根底に流れるものにすごく冷たくて残酷なものを感じる。今回のヒロインは不思議なことにミラロゼに対して若干の入れ込みはあったものの、基本的には「あっしには関わりのないことで」の世界にとどまってはいる。「私は安全なところから応援してますから」とサラッとなんの悪気もなく素で言える冷淡さがこのヒロインの特徴でもあるが、そもそもこの作品自体の登場人物の基本スタンスでもある。まあ今回のヒロインは意外にもそこから踏み込んで関わりを持っている。何となくミラロゼのことが気に掛かるからという表現をしていたが、彼女の奥にあるドロドロした闇の部分が同じくヒロインの根底と共感したというようなところが感じられる。そもそもあの廃墟になった都市を見て「戦争でもあったのでしょうか? そんな話を聞いていませんが。」と来て、今晩の宿を一番に心配するという「うっすい反応」がそもそも通常の情を持った人間にはあり得ない反応なんですよね。

 ここまで来ると私が毎度感じる違和感は、私とこの作品の作者の「人間観」の違いだって気がしてきた。私は毎度「いやいや、この反応は人間としてあり得ないだろう」って感じるんだが、この作品の作者が意図してそういうあり得ない人間を描いているのでなく、人間ってこういうものだと考えているんだったら、多分最後まで私が感じる違和感は解消しないだろうな。

 

作品の世界観も今ひとつよく分からない

 それにしても毎度毎度さらに感じるのは、何となく話におかしな説明のつかないところがあるんだな。あの王女様(ミラロゼでしたっけ?)、後で父王を恨んで魔物に変えた挙げ句に魔法でいたぶって殺してしまうだけの力があるんだったら、そもそも父王が恋人を処刑しようとした時になんでそれを力尽くで阻止しなかったのか? 後であれだけ出来るだけの力のがあるんなら、父王の意図を力尽くで阻止して恋人を助けて二人で逃げ出すぐらいわけないと思うのだが。この世界で一番分からないのが魔法の限界。魔法ってのがどこまでのことができて、どこから先のことは出来ないのかがハッキリしていないから世界観が見えてこない。

 まあそういう魔法の限界ってのは、いわゆる魔女っ子ものに以前からつきまとう問題点で、だからどんな作品もその限界は設定していて「なんでも出来るわけではない」っていう限界を設けている。作品によって「幻のようなものは見せられるけど、実体の方には干渉できない(魔法というよりも幻術に近い)」とか「無から有を作り出すことは出来ない(物質保存の物理法則は死守)」とか「死んだ者を生き返らせることはではない」とかの何らかの限界を大抵は設けている。「なんでも出来る主人公」ってのは創作の世界では一番の作品破壊の元凶になっちまうから。

 この作品はいわゆる魔女っ子ものではないが、魔法の限界ってのは世界観に直結するから、それは何らかの形でハッキリさせておく必要があるんだが・・・。まあ今まで見ているところによると、破壊力はそれなりにあるのだが、それ以外に出来ることってのはかなり限定されている様子。少なくとも人間を操ったり、死者を再生するなんてのはなさそうだ。無機物には作用できても人間に対しては作用できないとかか?

 

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